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2008.12.02

私のロックの原点が亡くなった

Imo_loudness_live

11月30日、ラウドネスのドラマーである樋口宗孝氏が亡くなられました。
49歳という若さでした。
私をロックの世界に引きずり込み、バンド好きにさせたのはほかでもない、
樋口さんとギターの高崎晃氏がLOUDNESSの前に在籍していたバンド、
レイジーでした。
それだけに今回の訃報には正直ショックを受けています。
というのも、レイジーは2年前の2006年にも、

ベースのファニーこと田中宏幸さんが亡くなっており、
LAZYのメンバー5人のうち2人が40代という若さでこの世を去ったということが
信じられないし、残念でなりません。

レイジーはアイドルバンドとしてデビューしましたが、
バンド名をディープ・パープルの曲名に由来するとおり元々はハードロック志向が強く、当時メンバーのほとんどが10代であったにも関わらず
その演奏力の高さは今聴いても唸らされるものがあります。

私が初めて見たコンサートはレイジーで、
解散する前の1年ちょっとの間に4回観に行きました。

彼らのデビューのきっかけとなった大阪のABCホールが移転するのに伴い、
今年の夏、記念イベントの目玉としてレイジーのライヴが行われたんやけど、
その開催発表後にデイビー(樋口さん)の癌が発覚。
代役のドラムスを起用することとなりました。
ライヴには斉藤和義や奥田民生といった豪華ゲストも出演したため、
チケットは即SOLD OUT。
私は友人たちと手分けしてチケット争奪戦に挑んだけど、取れませんでした。
それが今となっては尚更悔しくて仕方がない。
(ゲスト目当ての客がチケットを取って、純粋なLAZYファンが取れなかったから)

そして上の写真はラウドネスのライヴのチケットの半券。
1982年10月26日 大阪厚生年金会館大ホール
席はなんと1列目!
お客の中ではおそらく最年少組だったであろうガキんちょの私と友人3人は、
オケピに上半身をほとんど二つ折り状態にしてヘッドバンギングしまくり、
まわりの男のファンたちを唖然とさせたのを覚えていますsweat02

ひぐっつぁんのドラムはラウドでタイトですんごいカッコ良くて、
LAZYが再結成したときのライヴでもそのカッコ良さは健在でした。
彼はX JAPANのYOSHIKIやLUNA SEAの真矢など
多くのドラマーから尊敬される存在でもありました。

闘病生活は苦しかったことと思います。
向こうではファニーたちとバンドをやったりして、楽しく過ごしてください。
レイジーに出会ってロック好きになったことをほんまに誇りに思っています。

今のBGMはレイジーがヘヴィメタル宣言後の1980年に発表した、
↓↓↓

Imo_lazy 『宇宙船地球号』

とても思い入れのある傑作アルバムです。


樋口さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

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